もくじ

大イノコ祭り(おおいのこまつり)について

大亥の子の模様

広島に伝わる亥の子祭り――
「いのこ、いのこ、いのこもちついて、 繁盛せい、繁盛せい……」と子供たちが白い息を吐きながら亥の子石をついて廻り巡るお祭り。

亥の子祭りは、88本の竹の力によって空中に大石を吊り上げるイノコインスタレーションという装置の創造によって新しい姿で生まれ変わりました。

「大イノコ祭り」は、亥の子祭りの精神を受け継ぎながらも、自然が持っている多様で神秘的な力とのしなやかな交流を、今を生きる私たちにふさわしいスタイルで甦らせる、古くて新しいお祭りです。

祭りのシンボル イノコインスタレーション"石動"(いするぎ) について

イノコインスタレーション“石動”

袋町公園に、長さ13mの孟宗竹88本を直径20mの円周上に立てます。

竹の先端に結びつけられたロープを中央に置かれた1.5tの大石に引っ張り結ぶことによって、 竹の張力が加わり、大石が空中に吊り上がります。

そして吊り上がった大石を「亥の子石」とみたてて「イノコ」を行います。

(装置考案者:石丸勝三)

イノコの由来

亥の子の様子

「亥の子」(いのこ)というのは、歴史の古〜いもんでなア、なんでも平安時代のはじめの頃からあったそうじゃ。もとは中国の言い伝えで、"無病のまじない"から始まったそうじゃが、時代が進むうちに秋の収穫の祝いや猪にあやかった 多産祈願の意味なぞが加わったそうなでェ〜。

ほじゃが、西日本、特に広島地方だけに残っとるには訳がある……。

この広島には江戸時代(1669年、1754年、1758年)に大火が3回もあったんじゃ。それで亥の子にこたつを出す習慣もあったことから、"火の用心" 今で言えば "防火キャンペーン" じゃな、 それを町ぐるみでやりだして、 年中行事として他の地域より定着してきたんじゃそうな……。

そもそも「亥の子大明神」は 「スサノオノオオカミ」と「ホノカグヅチノオオカミ」「コウジンノオオカミ」の3つの神様の総称でな、どれも荒ぶる神様たちじゃ。

子供たちが縄を付けた石で、唄いながら(これは一種の呪文じゃそうな)地面をついて家々を回るのは、その荒ぶる神様たちを地中に封じ込めるというよりは、荒れんようになだめて静かにしてもらうんじゃ。

"餅をつく"の"つく"は"清める"ゆう意味もあるそうじゃからのオ。昔は「亥の子」に使う石は、 それぞれの町や村の籠り屋で、 少年たちだけでおハライしたものを使こうたんじゃ。その籠り屋が自分の土地への共同体意識の象徴で、 通過儀礼でもあった……いうわけじゃのオ〜。